花の陽炎


一番大事にしたかったものは
この夏の夜に浮かぶ花火みたいに
鮮やかな残像だけを残して
僕の前から消えていった

アスファルトの湿った香りが
夕立を予感させたあの日
木陰で少し早い雨宿りをしながら
きみはうずくまった姿勢のまま
横に立っていた僕に笑いかけていたね

今にも泣き出しそうな空に似た笑顔で

じゃれあった夜の思い出や
少し汗ばみながらも触れ合った肩に
幸せをみつけていた僕らは
いつしかお互いの横顔ばかりをみつめていて
背中合わせの毎日に
不満をぶつけることさえしなくなった

どうすればあの消えていった日々を
もう一度取り戻すことができるのだろう

抱きしめたときの頬に触れた髪の香り
唇をかさねたときの痛いほどの愛おしさ
いつまでも一緒だよと誓ってにぎった手の感触

泣けるほどまぶしいきみの笑顔

去年とかわりなく賑やかな人だかり
あちらこちらで寄り添って花火をみる人々
そして僕はひとりきり

きみの面影に肩を寄せてみあげる


夏の風物詩
思い出という感傷に彩られた夜空